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わたしは思ったことを口にしない。黙っていた方がいいということを知ったから。でも、ここでこっそり言葉にしちゃう。

やらなくてもいい重要なこと

ブログを書く暇がない。うそ、暇はあるのかもしれない。

人が読みやすいように、暗くなりすぎないように、、、

いろいろ考えていると下書きにかなり時間がかかる。

結果としてブログの更新が止まってしまうのが嫌だから、今日はちまっとしたブログを書きます。

 

私は今仕事が忙しい。

経理だから年次決算の処理が残ってるし、急に休職者が出た他の営業所のために4末までにマニュアル作れとか言われるし、愛すべきポンコツ部長の仕事手伝ってあげたいし。そして個人的に簿記の試験も迫っているから勉強もしないといけない。

 

こういう、やりたくないけどやらなければいけない重要なことがたくさんある。

なんならやらなければいけない大して重要じゃないこともたくさんある。

そうすると、やらなくてもいい重要なことが後回しにされて、それが色々なところで後々ひずみとして出てくる気がする。

ブログなんてやらなくてもいいこと。でも、20代最後の年を迎えるわたしにとって、こうやって自分と向き合って書き出してみる作業は重要なことだと思う。

「好きなこと」「やりたいこと」ってたいていこの『やらなくてもいい重要なこと』に分類されるから、やるべきことに押し出されて結果としてやらないパターンが多いんだよなあ。

後回しにすればするほど腰が重たくなるから、いつかなかったことになる。

特に日記とかブログとか、継続性が求められるものは続かないとやる気がそがれちゃったりするんだけど…。

1年に1回の記事でも30年続けば継続ということで。そのくらい気楽な気持ちで気まぐれに、でも諦めず書き続けられたらいいな。

 

迷走人生を振り返る①

愛されたい理由

私はモテたかった。男性にも女性にも。

なぜそんなにモテたかったのか?今回はそこを掘り下げてみようと思う。

 

「モテたい」

口にこそ出さないが、多くの人が持っているありふれた感情。

私の迷走人生は、この「モテたい」から始まったような気がする。

 

モテたいの進化

「モテたい」この定義は人によって大きく変わってくる。

例えば不特定多数からなのか?一人の人に熱烈になのか、どういう対象で見られたいのか・・・

私の「モテたい」は年齢によって変わっていった。

中学生時代は、可愛い友達のように憧れの先輩たちから構ってもらえるようになりたかった。

高校生時代は後輩から憧れられる先輩になりたかった。

20代前半は男女問わず人から尊重されたかった。

そして20代後半・・・ここからは「結婚」狙い撃ち。

このように私の「モテたい」はぼんやりしたものから超現実的なおぞましい「モテたい」に進化を遂げたのである。

 

なぜ結婚したかったのか

小さなころから「お姫様になりたい」とドリーマーなところがある子で、結婚もその延長線上だった。単純に「憧れているから」

ただ、20代後半になると、結婚したいの目的が大きく変わってきた。

ストレートに言うと「自分の価値をあげたい」という理由だったと思う。

 

見失った自分の価値観

私は19歳のころからフットサルチームに入り、どっぷり運営側として7年間代表をやっていた。超超超厳しいチームの会長兼監督からしごかれた7年間。

もともとあったいらぬプライドは打ち砕かれ、フラットな視点を持つように徹底的に教育された。その点感謝はしているが、この経験は同時に私に大きな影を落としたように思う。

 

暗黒のフットサル時代

私はこの時代を「宗教にハマっていた」と思うことでなんとか折り合いをつけている。

7年間、会長を信じて盲目にフットサルチーム運営にのめり込んでいた。

メンバーの誕生日は毎回いろんなバリエーションでお祝いをしたり、寝ずにメンバーを集めたり、とにかくチームに尽くしてきたと思う。

時には人を退会処分にしたり、キツく注意したりもした。すべてはチームのため。

私の誕生日は祝ってもらえなかった。「あすかはいいよね。そうやってキツイこともバンバン言えるんだから」なんて言われたりもした。

私もみんなみたいに祝われることを夢見ていたし、人に嫌われる恐怖は人並みに持ち合わせていたのに。

たびたび辛い気持ちにはなったけど、きっと私のやり方が悪いからこうなるんだなって納得させつつ チームのためと信じて邁進した。

その結果、私以外の全員が突然辞めた。理由は、メンバーと会長が個人的に揉めたから。 

会長が金銭の貸し借りを申し出たとか、本当に個人的なこと。私だけ何も知らなかった。メンバーからは「どうせ会長の味方」と思われていたし、会長も私に隠していた。7年間、自分なりに頑張っていた結果、手元には何も残らなかった。

でも、辞めたメンバー同士はいまだに交流があるみたい。その酒の肴に、私が仲いい子にだけ打ち明けていた片想いの気持ちとか全部バラされている。

出会う場を提供したのも仲が深まるイベントを企画したのも、フットサルができる環境を提供したのも私なのにな。私はみんなの飲みの場の会話のスパイスでしかなかった。

 

人のせいにすること

私は人のせいにすることがとにかく嫌いだ。人からアドバイスをもらったり、おかれた環境だったり、確かに外的要因から判断を変えることはある。それでも「自分で決めた」と責任を持ちたい。何かを選択するときに、私は自分の意思を持って行動したい。

だから、どんなに理不尽と思うことがあろうと、自分の行動に悪いところを見つけて改善するという発想だった。ただ、フットサルチームの件については、まだそういう風に消化できていない。もう全員が辞めてから4年くらい経つのに。

 

嫌い。憎い。見返したい。

私は自分に原因を求めるから、人を嫌いになることはほとんどない。苦手だな~折り合い悪いな~くらいは思っても、気にならない。でも、フットサルチームのみんなは嫌いだ。まだ過去の呪縛に取りつかれている。きっと私が幸せになれたら、みんなのことなんてちっとも気にならなくなるんだろうな。今の私は暇だからみんなのことを思い出して憎んだりするんだ。だったら幸せになろう。雑音が耳に入らないほどに。そう思った。

 

誰の幸せ?

幸せになろう。そう決めた私は短絡的に結婚しようと思った。

ハンサムで、優しくて、お金持ちで、素敵な人から愛されて結婚すれば私はきっと誰から見ても幸せに見えるだろう。

過去に取りつかれた私の幸せは「他者から見た幸せ」だった。 

ここで私は「自分にとっての幸せ」という自分の価値観を失ってしまった。

それに気付かないまま「幸せに見える相手探し」を始めた。

 

曇ったメガネ 

「本当の私を見てほしい!!」前回のブログで書いた私の心の叫び。

適齢期バブルのおかげでいい感じのひとからアプローチもあったけど、結局いつもこの感情が邪魔して付き合う決心ができなかった。

相手は本当に私のことを見ていなかったのか?なんてそんなのは実のところわからない。私自身が相手を「幸せに見えるかどうか」で判断してきたから、自分もそうやって見られてるって思い込んでいただけかもしれない。

私のメガネが曇っているから、相手のメガネも曇っているに違いないと決めつけた。

感情的な不安というのは、たいてい自分の作り出した不安に過ぎない。

適齢期バブルだって勝手に決めつけたことで、本当に好きになってもらえただけなのかもしれないのに。

 

人生立てなおし中

こうやってグズグズと悩んでドツボにハマっていた私も、適齢期バブルでの疑問を経てようやく自分の深層心理と向き合って、自分なりの幸せを見つけたいと思うようになった。「幸せに見えるために世間的に素敵な人と結婚せねばならない」という強迫観念がようやく消えてくれた。

でもそれは自分のおかげではなく、私を昔から知っている人が、私のことを熱烈に大事にしてくれていることに気付いたからだ。取り繕わなくても私を大事に思ってくれる人がいる。あれ・・・?これって・・・幸せってやつ?!?!と気づけた瞬間肩の力が抜けた。結局恋愛に助けられてるちゃっかりものである。

まだ完全に呪縛からは解放されていない。風の噂でみんなの話が耳に入ると全力でふさぎたくなる。(こういういらない情報流したがるつまんない人って結構いるよね)

でも、やっと前向きに、言葉にして気持ちを消化していこうと思えたから、地道にいきたいな。

というわけで結局長編大作になった振り返り第一弾でした。

人生迷走中

おそるべし適齢期バブル

私はモテたかった。

男性に?女性に?できるならどちらにも。

愛されて認められたい、という意識が強かった。

そんなわたしにやってきた適齢期バブル。これが自分の本質と向き合うきっかけになった。

 

適齢期バブルとは

てきれいき-ばぶる【適齢期バブル】

[名]20代後半のいわゆる結婚適齢期を迎える女性に起きる、一過性のモテ期間のこと。

もちろん造語です。

 

27歳の頃から、わたしは急にモテ始めた。

※モテるの定義を誰彼問わず「付き合おう」と言われることだとすれば

正直自分でも戸惑うほどであったので、理由を考え始める。

・今まで毛嫌いしてきた飲み会や合コンに行くようになった

・友達の紹介とかも拒否しなくなった

 ここまではまあ、母数が増えたから当然かなと思う。

でも、そういう理由ではないと漠然と感じていた。

結論として私なりに考えた理由が「適齢期バブル」である。

 

適齢期バブルが起こる条件

結婚適齢期であること

・知り合いに結婚を意識する世代の男性がいること

・とてつもなく個性的な顔ではなく、とてつもなく美人でもないこと

・ものすごく太っているわけでもなく、ものすごく細くもないこと

・すごく奇抜でもなく、すごくお洒落でもないこと

・定職について働いていること

色々と挙げてみたけども・・・

つまりは「結婚願望のある(ちょっと焦りのある)男性」が「結婚する落としどころとしてアリかなと思える女性」に適齢期バブルが起きる。

 

モテた結果

急にモテはじめた!!ついに努力の成果が・・・?!と一瞬浮かれた。

いや、待てよ。数度しか会ったことのない男性が、急にホイホイ私のことを好きになるなんてことある?という疑問が生じる。

そして勝手に適齢期バブルと結論付けた私は・・・拗ねた。 

よそ行きの私ではなく「本当の私を好きになってほしいよ~~~!!!!!」当時の心の叫び。

 

じゃあ本当の自分って?

私は自分で言うのもなんだが、第一印象がいい。柔らかい雰囲気で穏やかという印象をもたれる。でも、個人的に私のウリは穏やかさなんかではなく「生命力の強さ」だ。

ただ、そのアピールをするとたいていちょっと引かれる。男性は現段階で生命力の強さなんて求めている人は少ないと知った。穏やかをウリにした方がよっぽどいいと学んだ。結果、自分の思う自分と相手の求める自分にズレが生じてくる。それでも私は男性に選ばれたいという欲求が勝り、穏やかな子を演じてしまうのである。

しかし、こうやって演じてしまうのも私の性質であることは確か。それに演じるというほど苦しいものでもなかった。これも本当の私なのかな・・・?

「本当の私を好きになってほしい」という欲を持ちながらも「本当の私」というものがなんなのか、どんどん見えなくなってしまった。

 

今、自分と向き合わないと

適齢期バブルが起きてから、私は毎日ずっと悶々としていた。愛されたい・認められたいという欲はモテることで満たされるはずだったのに、なぜか虚無感が募る。

私は何を求めているんだろう?自分の正直な気持ちが知りたい。こうして人生の迷走から抜け出そうと、自分と向きあう練習を始めることにした。それが、このブログ開設のきっかけ。ありがとう適齢期バブル。

というわけで、これから少しずつ自分の気持ちを書いていきたいと思います。小出しにしないと超大作になりそう

ひとまず書かないと。

早1か月

 

ブログを開設した日が2月21日。記事を書かないまま、今日は3月21日。

冬はいつ終わるのか・・・と震えていたと思えば、もう来週には桜の開花を迎える。月日が経つのは本当に早い。というより、私の思い立ったら即行動!ただし持続性なし!!が顕著に現れている。

 

なぜ?

いきなりのブログ開設。自分でもやろうとは思っていなかったけど、ふとしたきっかけで自分の内面としっかり向き合いたいと思い、まずは言葉にしてみようと思ったから、始めた。

ちなみにプロフィール画像濱口雄幸。高校時代は雄幸さんが好きな先生に教わっていたため、雄幸さんが素晴らしい総理大臣だと思っていた。でも、最近調べたら雄幸さんの政治には悪いところもあった。そんなの当り前なんだけど、雄幸さんかっこいい!!と思っていた私にとっては「あ、そうか。物事って多角的に見ないといけないよね」と反省する出来事だったので、戒めに雄幸さん。

 

書きたいこと

ブログの目的は、自分の心の内を言葉にして向き合うこと。でも、そう思って何度もブログを下書きしたけど、書いては消しの繰り返しだった。

まずは思いついたことを適当に。小さなことから自分の想っていることを言葉にする練習をしながら、いつか自分の頭と心の中を整理できたらいいな。

 

というわけで、初めてのブログはひとまず書いてみました!という内容でした。